社団法人高松青年会議所
1.コンパクトシティの推進
 高松は、城下町、観光都市と経て、支店経済のまちへと発展してきた。時代に応じてその背骨を変えてきたことによって、永きに渡り繁栄を続けてきた。古くは生駒氏、松平氏の統治のもと、城を中心とした基盤整備が進められ、まちのコアが形成された。近代は観光博覧会を経て、国内旅行のメッカとなり、その頃に今の中央通りも造られている。その後、地方中枢都市となり支店経済のまちとして現在に至っている。
しかし、今後、支店に頼るだけでは足元をぐらつかせると危惧される。私たちは、先人が残した未来まで見据えた都市像にこのまま胡座をかいていて良いのだろうか?
時代は常にうつろい、過去にだけしがみついていてはこのまちに未来はない。将来、ここに生まれ、ここで生きる人たちのために、常に先の未来を見つめよう。

 昨今の行財政の逼迫は、未来に残した巨大な重石である。1人当たり国の国債だけで420万円、香川県で84万円、高松市で約47万円。合計で551万円。高松に産まれると同時にこの借金額を背負うことになる。

市街地の維持に必要な費用  我が県は道路舗装率が全国一位、空港や高速道路も完備など、日本一狭い県でありながらインフラ(社会資本)は潤沢である。今こそ、右肩上がりのその思考を止め、いかに今まで投下したインフラやストックを活用するかに、頭を切り替えなければならない。もちろん、公共投資は単純に採算ベースで議論すべきものではない。しかし、新たにつくり、またつくり替える以前に、今あるストックを活かす方法を最優先して考えるべきである。今まで善として捉えられてきた、都市を拡大して可住地を増やしつづけ、人口を増大させる方策をとりつづけて来た従来の都市計画の基本的な姿勢を転換すべき時にある。現在行っている都市範囲の拡充は、今の私たちが価値として意識していない、この地域の自然環境を間違いなく破壊している。都市は拡大させるほどに、道路や各施設の分散を必要とし、電気・水道・ガス、さらに医療、福祉などのランニング・コストを肥大させ、将来への新たな負債を拡大させることにつながる。これ以上、次の世代や更に未来のこの地域に住む者たちへ、問題や負債ばかりを押し付けるわけにはいかない。手遅れになる前に、コンパクトシティとして都市のグランドビジョンを引きなおすことは、このまちの”サスティナビリティ(持続発展性)“を確保するためには必須なのである。それは個々の市民の自由・快適性・利便性よりももっと優先すべき未来像を共有しなければ決してできはしない。権利の主張だけにとどまり未来を考える義務を行政や政治家任せにして文句だけを言っている大多数の利己主義的な市民の意識変革を必要とするのである。その為には、市街化調整区域の線引きが無くなった今こそ、これからのまちの在り方を客観的に見据えたまちづくりのビジョンを基にして、計画的にスポイルさせるような“まちづくり条例”を検討することが急務である。


予想される税収の減少
  では、限られた資本をどう投下するのか?今までは、高度経済成長期の“国土の均衡ある発展”的な思想により、税収分布に反比例して配分されていた。香川は日本一狭い県であり、今までは隅々まで資本投下による箱モノやサービスが行き渡ってきた。もちろん、今後も社会的弱者へのサービス投下はどんな過疎地域であっても、“最低限”の均衡はあるべきである。だが、箱モノや道路に代表される物理的インフラ拡充については、いい加減歯止めをかけるべきである。農業構造にも影響するが、人口が減り始めた今こそ、より税投下効率が高い地域へ人を誘引するほうが正解なのではないだろうか。目指すべきは、都市中心部を、高齢者がまちの中心部に住みやすくなるようにし、都市型文化施設や医療施設の郊外移転に歯止めをかける。車に乗らない生活でも暮らしやすくなるよう、公共交通等に重きをおいた税投下を中心部に行うべきである。ただし、公共交通は便利になれば良いと言うだけではない。都市景観や環境負荷をトータルで考えて、過分な投資は避け、都市交通の充実を果たすべきなのである。



  また、逆に文教地区の郊外シフトが必要である。都市中心部に集中しがちな子育て世代の若い層の多くを郊外へ誘引するために、周辺地域にこそ教育を充実させ、自然豊かな中で一戸建に住み子供を育てることができる環境をつくることが望ましい。若い世代は車での移動に苦がなく、高松は市内周辺部から通っても通勤時間や渋滞は都会の比にならないほど快適だ。また、自然の中で育った子どもたちには、ふるさと意識を持ち、自然と共存することで、豊かな心を持って育つ可能性が期待される。

 現況の人口遷移による学校区の見直しはコスト面から正しい選択である。しかし、ドーナツ化の後に再び“都市回帰”がやってくることは間違いなく、またそうしていくべきである。そのために都市部の学校や公共施設を残しておくことも必要だ。私たちは常に、短期的に目先だけを捉えるのではなく、歴史の中でまちは変わり続けることを念頭に、長期的かつドラスティックに考えねばならない。

 高齢者や弱者は中心部へ、若い層は車を生活の足とした周辺部へ誘う。そのためには、それに応じたハードインフラやソフトインフラを計画的に展開する必要がある。これからは、税収分布状況も加味したグランドビジョンに基づく傾斜配分が必要と私たちは考える。



<コンパクトシティ〜中心市街地再生について>
コンパクトシティ〜中心地街再生について


商店街の今昔  中央商店街は高松の商業の基幹であった。しかし、郊外型の大型商業施設が大店法緩和により乱立し、その賑わいは急速に失われた。全国規模のチェーン店やコンビニがテナントを埋めるようになれば、その商店街の魅力は必然的に失われるうえ、一度斜陽すれば簡単に引き上げる焼畑農業的出店であり、後には荒廃したまちが残る。全国でも意図として裏路地の賑わいを再生することで中心地を復興させる動きが始まっており、“街ブラ”という言葉があるように、ブラブラ歩くおもちゃ箱のような楽しさをまち全体で補完することが大規模店に対抗する手段である。それらを成すためには、テナント化をできるだけ抑制し、地価を下げ賃料も下げることでベンチャーやインキュベーションの機能を厚くし、まちとしては新陳代謝を進めるほうに加担するべきである。中心地を保護再生するのであり、中心地にいた企業を支援するのではない。もちろん、商売である以上、自らの未来への資本投資を怠った者への保護であってはならならず、リスクを踏まえてもチャンスにかけようとする起業家の支援であるべきである。そのためには、商店街自身に任せられるものは任せ、中心地の不足を補完する公共交通政策や文化・医療施設の郊外流出を食い止めることに重きを置くことが望ましいのではないだろうか。今ならまだ間に合う。高松の中心市街地は平米当たりの事業集積率でまだまだずば抜けている。例にとると、TMO(タウン・マネージメント・オーガニゼーション)により丸亀町は将来を見越して大きな賭けに出ようとしている。リスクはあったとしても未来の可能性はまだ存在するのである。

三大都市圏以外の都市における中心部

  公共公益施設の郊外転移状況



<コンパクトシティ〜周辺環境資産の回復>

農地転用面積の推移  コンパクトシティへの大きな課題は、農業・林業をいかに変革するかにある。現在のグローバル化された物流により安価な食品が大量に国内で入手可能な中で、農業は単独採算を取ることは非常に難しい。地産地消は理想であるが、交通網の完備による物量の大きな波には、一生産者では太刀打ちできないのが現状だ。高松周辺で田畑は多く維持されているが、その多くは兼業であり、産出物のかなりの量が各自の家庭での消費に充てられている。コンパクトシティにおいては都市周辺部の農業・林業は、生産物を市場で売ることの収入を主目的とするのではなく、環境保護従事者としての農業活動に主目的をシフトすることが望ましい。つまり、大地を耕し、そこから収穫物を得ることが農業従事者の主目的ではなく、田園や里山環境を保護することが主目的であり、そこからもたらされる生産物は、その過程で出来る副産物であると意識を切り替えることである。具体的には今の生産物調整や諸補助の名目を環境保護事業の補助に切り替えることから始められる。もちろん、農業という歴史的に長い時間をかけて形成された産業構造の主目的を変えることは、縦割り構造だけでなく、地域のコミュニティ構造にも反映していることから相当困難である。

 だが、高齢者が中心部へ誘引され、土地から放たれた人が増えれば、必然的に1農家あたりの耕地面積は増え、現在の全国でも矮小な農地しか持たない香川・高松の農業構造は大きく変化すると予測される。その変化の中で、持続発展性を考慮した地域の自然資本は大幅回復が可能と思われる。

 そして最終的には、一次産業従事者の誇りと自尊心になり、社会的な存在価値も高まるだけでなく、後継者や従事者を増やすことになると期待する。田園風景や里山の美観、瀬戸内の自然など、自然資本(ナチュラル・キャピタル)は今の日本人、とりわけその地域に住む人々が軽視してしまう資本であるが、持続発展性のある社会を実現するためには重視すべきファクターなのだ。

 
>>2.新しい都市基盤の創出へ

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